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記事一覧

JR初期の光景(28) 「白山」色489系「あさま」と651系

1988(昭和63)年10月、あるいは11月になっていたでしょうか。「白山」489系が塗装変更されて登場しました。拙ブログで何度か記事にしておりますが、寒い所へ行くのに寒色系の塗装とは何だか…JR発足直後は、基本的に約半年前の「61.11(1986《昭和61》年11月1日)改正」がJRのダイヤとなり、国鉄形車両にJRマークを貼っただけなので「どこが変わったの?」と揶揄されることもありました。最近は「一次新潟色」と表現される国鉄末期...

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JR初期の光景(27) 「あさま」色189系とEF63 霧の軽井沢

1990(平成2)年夏、「あずさ」に続いてグレードアップされて塗装も変更された「あさま」色の189系が登場しました。グレードアップの内容は「あずさ」183系同様、指定席はハイデッキ化に加えてシートピッチが拡大されました。そして窓が高くなり、眺望がよくなりました。自由席はモケットの張替え程度でしたが、それでも印象は大きく変わりました。「あさま」色に国鉄時代の駅名標と、行き交うEF63は正しくJR初期の光景でした。302...

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JR初期の光景(26) 盛岡色キハ40と今は絶滅したビールの自販機

盛岡色キハ40と、ビールの自販機とはどういう組合せか?と思われるでしょうが、このシリーズは出来る限りJR初期の世相や社会情勢を写すシーンも取り上げます。585D キハ40[盛ハヘ]右側に、サントリービールの自販機が見えます。1991.12.6 青森ビール等、酒類の自販機は20年くらい前までは駅のホームは勿論、街中(主に酒屋の店頭)に当たり前のようにありました。しかし、私が学生だった30年程前あたりから、未成年の飲酒を防止...

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JR初期の光景(25)  東海道線のグリーン車に半額で乗れた企画きっぷ

今回は、JR初期の企画きっぷがネタなので、厳密には「光景」ではありません。しかし、その企画きっぷが絡んだ「光景」はアップします。現在、東海道線(上野東京ライン)・横須賀線(~総武快速線)・湘南新宿ラインのグリーン車はSuicaグリーン券の設定により、特に湘南新宿ラインのグリーン車はどの時間帯もよく乗られています。しかしグリーン車の連結が東海道線・横須賀線(~総武快速線)だけだったJR初期は、グリーン車が混...

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JR初期の光景(24) ブルートレインの個室化進展の頃

「北斗星」の成功を受けて、ブルートレインは個室化が一気に進みました。1989(平成元)年3月11日ダイヤ改正では、「北斗星」の個室車両が増強され、ロイヤルが2両連結されるようになった他、JR九州持ちの「はやぶさ」「富士」にもソロが、「北陸」にもシングルDXとソロが連結されるようになりました。1989年の話題としては、7月21日に「トワイライトエクスプレス」が団臨として運転が始まり、12月2日からはみどりの窓口でも発売さ...

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JR初期の光景(23) 「北斗星」3往復の輝き…

「63.3」改正の超目玉商品として登場したのが「北斗星」でした。当初は定期2往復・季節1往復で運転され、季節1往復(3・4号)はオール開放B寝台でしたが、利用状況の好調を受けて東日本・北海道の予備車を総動員して、1988(昭和63)年の夏輸送から個室車両並びにグランシャリオが連結されるようになりました。翌1989(平成元)年3月11日ダイヤ改正から、3往復全て定期化されました。夜行列車の歴史で、一つの愛称で最も本数が多か...

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旅客線通過のゼロロクと、ベールを脱いだ相鉄20000系

久々のゼロロク捕獲は、なぜか旅客線通過。貨物列車の旅客線迂回は特定の水曜日の筈ですから、何かあったのでしょうか。高速A  5052レ EF66 30[吹]+コキ車茅ヶ崎帰りに、相鉄20000系が試運転を行っていました。相鉄20000系10連厚木操車場以上2点 2017.11.14東京口の東海道本線で見られる国鉄形も、185系の他はEF64・65・66(0番代)のみ、1973(昭和48)年製のEF66 30は間もなく車齢45年、いずれは置換えられるでしょう。相鉄...

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JR初期の光景(22) JR初期のコキ50000の功績を評価する

コキ50000については、4月から7月まで展開していた「国鉄時代延長戦 1991~2006」2017年5月29日付け「JR貨物初期を支えたコキ50000」https://blogs.yahoo.co.jp/ymfpm554/40865930.htmlにて記事にしましたが、アップを忘れてしまった写真があり、こちらでネタにします。高速C 1453レ EF65 1005[新]+コキ車前から3両目は、コキフ50000からの改造と思しきコキ50000です。コンテナのJRマークと共に、PFでも最若番クラスのEF65 1005...

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JR初期の光景(21) N'EX253系とワムハチ

8年半ぶりに撮り鉄に復帰した1991(平成3)年は、JR発足から4年が経過したものの、JR東日本になってから登場した車両は251系・253系・キハ110形程度で、勢力としては国鉄形がはるかに圧倒的でした。貨物列車はヤード系から直行系へ転換したため、バリエーションが少なくなりましたが、JR初期のワム80000の姿は辛うじて2軸貨車黄金時代の姿を伝えていました。それから26年、品川駅で貨物列車の姿を見ることもなくなりました。鳴り物...

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JR発足30年にしてようやく「我が道を歩み始めた」大阪環状線

大阪環状線は、山手線と並び称される通勤路線ですが、投入される車両を細かく見ると山手線とはとてつもなく大きな差がありました。山手線は、103系・205系・E231系500番代・E235系など、山手線のために開発された車両が投入されました。一方の大阪環状線ですが、103系の性能は大阪環状線に適合していたと言えますが、国鉄という企業体の性質上、国鉄の財政状況並びに全国の需給バランスを考慮しながら大阪環状線に転配された事情が...

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103系はまだ引退していない!京都-東福寺1駅103系で超小さな旅

先日(11月3日・4日)、関西へ行って来ました。10月3日をもって大阪環状線から103系が引退したので、もう103系に遭遇することは無い、でも奈良線なら遭遇するかも知れないという思いはありながらも、今回は完全に家族運用で、下調べは全く行わず「のぞみ」に乗りました。京都鉄博は、嵐山へ行って京都駅へ戻ってきた時点で時間切れ。家族運用のため鉄活動に時間を費やせないので、そのまま大阪の宿へ直行しようと思いましたが、せ...

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JR初期の光景(20) 西日本で見られた115系地域色それぞれ

国鉄最晩年、1982(昭和57)年に登場した115系3000番代で、広島地区の113・115系にも独自の地域色が登場し、そのままJRに継承されました。列車番号不詳 115系4連[広セキ]1994.8.24 広島115系3000番台は、形式は115系なのにアコモは117系というような車両でしたが、1994(平成6)年に広島で行われたアジア大会を意識したのか、新たな地域色に改められました。1362M 115系3000番代4連[広ヒロ]1994.8.24 岩国福知山線では、こんな...

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JR初期の光景(19) 113系(東海道線東京口)に現れた変化

1989(平成元)年3月11日JRグループダイヤ改正で、東海道線東京口の113系に変化が現れました。211系と共に、113系にも2階建グリーン車、サロ125・124が連結されるようになりました。東海道線東京口は古くから1等車→グリーン車の需要が高く、定員90名はサロ110-1200番代の定員60名の1.5倍、特急用グリーン車格下げのサロ110-300番代の48名と比較すると約2倍となり、高いグリーン車需要に応えることとなりました。832M 113系15連[...

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アメブロも運営していますが、懐古趣味に限定しています。宜しければ合わせてご覧ください。https://ameblo.jp/ef58137/

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