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記事一覧

JR初期の光景(11) 悲運・短命の「マリンライナー」クロ212

「63.3」ダイヤ改正で、「北斗星」と共に話題をさらったのが、「備讃ライナー」改め「マリンライナー」として岡山-高松間に登場したグリーン車、クロ212でした(JR四国のみ1988年4月10日ダイヤ改正)。しかし2004(平成16)年10月16日ダイヤ改正で、「マリンライナー」はJR西日本223系5000番代とJR四国5000系への置き換えに伴い、僅か16年で引退してしまいました。3151M 快速 マリンライナー31号 213系6連 クロ212-5[岡オカ]3...

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JR初期の光景(10) 117系サンライナーとキハ185系「うずしお」の並び

(左)3750M 快速 サンライナー 117系4連[岡オカ](右)5079D 特急 うずしお19号 キハ185系3連[四カマ]1993.6.9 岡山117系「サンライナー」の塗装と、JR四国のコーポレートカラーに塗替えられたキハ185系が、JR初期の光景を表しています。現在は、JR西日本の国鉄形は単色塗装が進み、JR四国の特急形もJRになってからの特急形車両が活躍しています。...

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臨時列車にも名列車があった(2-2) 14系座席車 特急「つばさ51号」(資料編)

2015年1月4日付けの拙記事「臨時列車にも名列車があった(2) 14系座席車 特急「つばさ51号」https://blogs.yahoo.co.jp/ymfpm554/39478832.html#41004121は、おかげさまで投稿から2年半以上経った現在でも多くのアクセスを頂戴しております。今回は「資料編」として「つばさ51・52号」のダイヤを掲載致します。8001レ つばさ51号上野9:03⑯→黒磯11:04/11:15→郡山12:05/12:07→福島12:43/12:51→米沢13:41/13:42→山形14:26/14:3...

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JR初期の光景(9) 東海道・山陽新幹線の「パタパタ」全盛時代

行先表示器の「パタパタ」。私が勝手にそう呼んでいたもので、正式には「フラップ式」と言います。JR初期には、「パタパタ」は東海道新幹線の駅でも普通に見られました。1993.6.9 東京パタパタのみならず、「のぞみ」は現在自由席がある他、東海道・山陽新幹線は品川・新横浜・新神戸に全電車が停車するので、時代を感じます。下は、新横浜です。1994.5.8 新横浜これだけでは、国鉄時代と見分けがつきませんが、「のぞみ」博多延...

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JR初期の光景(8) 400系「つばさ」と国鉄時代の番線表示

1992(平成4)年7月1日、奥羽本線 福島-山形間の標準軌への改軌工事が完成し、400系「つばさ」がデビューしました。1992年と言えば、JR発足から5年。私が撮り鉄に復帰した1991年は、JR発足から4年経過していたのでJR独自の車両が少しずつ増えていましたが、1992年だけでも400系の他に思い出すだけでも300系・215系・787系・8000系(JR四国)が登場しました。JR東日本の駅名標は、急ピッチで現在のタイプに取り替えられましたが、...

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JR初期の光景(7) 鶴見線のクモハ12053

鶴見線の旧型国電 クモハ12は、JRになってからも走っていました。武蔵白石駅の大川支線に至るカーブが急で、20m車が入線出来ないという理由で旧型国電が残されていました。本年4月から暫く展開していた「国鉄時代延長戦 1991~2006」でテーマにしようかと思いましたが、「JRになってからも、国鉄形車両はJR各社の主力であり続けたため、いかにも国鉄時代の延長戦のようだった」ということでシリーズを展開しました。旧型国電は、...

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JRの敵は「JR自身」ではないか? JR30周年の問題点

私が参加しているSNSで、夜行列車について語るグループがあって、時々発言しています。最近、関東パスと両備バスが価格帯20,000円の個室を備えたバスを運行しています。その記事を受けて、ネットのニュースで「東京-大阪間に安価な夜行列車を」という主旨の大新聞の記事があったと覚えています。その記事を受けて、私が参加しているグループで発言しましたが、率直に言って現在のJRグループでは在来線の東京-大阪間に夜行列車を...

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臨時列車にも名列車があった(19) 特急「そよかぜ」・急行「軽井沢」

信越本線横川-軽井沢間が廃止され、軽井沢-篠ノ井間がJRから分離、その結果信越本線が分断されてから、間もなく20年になります。信越本線の臨時列車の名列車と言えば、特急「そよかぜ」でしょう。かなりの頻度で運転された「避暑地への特急」で、私と同年代の方は上野へ撮影に行った時に撮ったことと思います。「そよかぜ」は1968(昭和43)年の夏臨で登場し、東京・上野-中軽井沢間という運転区間は当時の特急としては異例の短...

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JR初期の光景(6) 300系と0系の並び

1992(平成4)年3月14日JRグループダイヤ改正で、300系が登場し、翌年3月18日ダイヤ改正では、300系「のぞみ」が毎時1本に大増発されました。当時は0系がまだ結構残っていて、300系と0系が並んでいるのがJR初期の光景であることを示しています。1219A ひかり219号 300系J13編成16連[幹トニ]1993.8.23 東京0系は1999(平成11)年9月に東海道新幹線から撤退し、300系も引退してからもう5年。在来線はJR第二世代に入っていますが、...

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JR初期の光景(5) 209系登場の頃

209系は1992(平成4)年、試作車の901系が登場し、後に量産車が登場した後は209系900番台に編入されました。「寿命半分」のコンセプトには疑問もありましたが、当時はバブルの余韻が残っていた時代でした。銀塩カメラ全盛期に「使い捨てカメラ(後に使い捨てはイメージが悪いとして、『使い切りカメラ』に改められた)」として人気を博し、現在再び静かなブームが訪れている富士フイルム(当時は富士写真フイルム)の「写ルンです...

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JR初期の光景(4) 岡山・広島の103系

大阪環状線の103系の引退がリリースされました。1963(昭和38)年に山手線に103系が登場してから54年、「国鉄解体」から30年経った現在でも「まだ走っていたか」という思いもあります。総勢3,000両が製造され、本来は山手線や大阪環状線など駅間距離の短い路線を目的とした形式でしたが、東海道・山陽本線普通電車など、明らかに本来の目的に適合しない線区にも投入され、よくも悪くも国鉄を体現していた車両でした。JR西日本に承...

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2002年日韓W杯パスネット W杯出場は何故「切符」であって「チケット」ではない?

初戦からいきなりハラハラドキドキさせられたロシアW杯アジア最終予選でしたが、何はともあれやりましたね。オーストラリア戦の戦い方も、本当に見事でした。この書庫、前回はいつだったかと思う程久しぶりですが、2002年の日韓W杯の時に発売されたパスネットを紹介します。全て英語表記で、外国人観戦客を意識したものでしょう。画像は相鉄ですが、他の鉄道会社もあったと思います。改めてみると、W杯観戦に北総鉄道やディズニー...

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Author:Herorail
拙ブログにお越しいただきありがとうございます。 yahoo!ブログから移転しました。
星の数ほどあるブログの中で出会えましたことを感謝します。 見知らぬ町へ鉄の道で行きましょう。いやなことがあれば鉄の道で行きましょう。 宜しくお願い致します。
アメブロも運営していますが、懐古趣味に限定しています。宜しければ合わせてご覧ください。https://ameblo.jp/ef58137/

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