FC2ブログ

記事一覧

味わいの特急ロマンスカー旧塗装~7000ヒット御礼「7000な電車」

6000に続いて、7000という半端な数字でまたまた「御礼」…完全に悪ふざけが過ぎますが、またまたよろしくお付き合い下さい!今度は形式「7000」または、「7000」にちなんだ電車です。小田急電鉄7000形 形式よりも、「LSE」の方が通りがよいと思います。特急ロマンスカー「はこね」33号7000形11B2008.7.26 町田京王電鉄7000系6000系に比べると、インパクトにはやや欠けます。2008.5.4 多摩動物公園JR西日本新幹線700系西日本の7...

続きを読む

20系津軽海峡を越える(8)~鉄道の「もしも」?

志村が必死になって考えた「スジ」も、あっけなく津軽海峡の藻屑と消え去ろうとしていた。志村が考えた素案ダイヤ。上野11:30→青森23:10/0:01(青函1便)3:50函館函館4:40→10:00札幌その案にしても、必ずしも誰もが支持した訳ではなかった。「日中に延々と寝台車を走らせてどうするのか?」国鉄内部でさえ、冷やかに見ていた。しかし、志村には信念があった。青函は乗客を降ろした方がよいのでは…との見方が大勢を示していた中、志...

続きを読む

特急「あさぎり」九州ブルトレと同じ運命を辿るか?

成田エクスプレスと同じ、1991(平成3)年3月16日のダイヤ改正で登場したのが、新宿(小田急)-沼津間を運転する特急「あさぎり」。それまでは御殿場線内は急行扱いで、小田急3000形による片乗入れだったのが、特急に格上げすると共にJR東海・小田急電鉄による相互乗り入れになりました。かなり鳴り物入りで登場した「あさぎり」ですが、どうもこの頃精彩がないように感じられます。6M 特急「あさぎり」6号JR東海371系7B[静...

続きを読む

東海道線全通・横須賀線開業120周年!(2)

今月に入って運転されている「東海道線全通・横須賀線開業120周年」ヘッドマーク付きの編成。今日は、E233系3000番台を撮ることが出来ました。872M E233系3000番台15B[横コツ]2009.4.28 横浜E233系3000番台は、E217系の運用に入っているのでE217系の運用を押さえれば、捕捉することは比較的可能です。「開港博 Y150」もいよいよ開幕しました。横浜開港150周年、横浜・神奈川デスティネーションキャンペーンで当分ヒートアップ...

続きを読む

581・583系~「24時間戦った」寝台電車

九州ブルトレの昔話をいくつかしたところで、581・583系についても話したくなりました。しかし、私が581・583系に乗ったことがあるのはたったの3回…しかも、「寝台電車」として乗ったのはただの1度。それもB寝台ではなくグリーン車…余り偉そうに語る資格はないのですが、「昭和の鉄道少年」には思い入れたっぷりの車両なのです。12M 特急「みちのく」583系13B[盛アオ]1978.5.3 上野6M 寝台特急「はくつる」583系13B[盛アオ]1978.11....

続きを読む

「あけぼの」で「ヒルネ」体験。

今一つ評判の悪い、ブルトレの昼間の座席利用。誰が言ったか「ヒルネ」…そんな「ヒルネ」を、ただ一度だけ体験したことがあります。1995(平成7)年8月、「あけぼの」の弘前-青森間で体験しました。「あけぼの」ヘッドマークを抱いて弘前到着のED75 700機関車。1001レ「あけぼの」ED75 733[秋]+24系12B[盛アオ]1995.8.17 弘前弘前から青森へ出て青森から「はつかり」で盛岡へ、盛岡から東北新幹線で東京へ帰ろうと思っていたら...

続きを読む

成田エクスプレス253系~E259系登場でどうなる?

「鉄」系のサイトでは最近かなり話題になっていますが、「成田エクスプレス」(以下N'EX)の253系後継車のE259系が登場し、試運転が始まりました。それにしても、253系N'EXが登場したのが1991(平成3)年3月16日ダイヤ改正(運転開始は3月19日)。ついこの間と思っていましたが、もう18年。2063M N'EX13号253系6B[東フナ=大船電車区・当時 現・横クラ=鎌倉車両センター]1991.7.30 新子安JR化後に登場した特急型車両も遂に置...

続きを読む

愛車を「鉄」にカスタマイズする!

「鉄道ダイヤ情報」5月号特別付録の「DJ通常号300号記念企画第2弾 国鉄時代制定のシンボルマークステッカー」を見て、思わず買ってしまいました。L特急やグリーン車、ブルトレマークにJNRマーク、禁煙車からシルバーシートまでありましたが、私はこれらのマークをわが愛車に貼って「鉄」にカスタマイズすることを思い立ちました。わが愛車はステーションワゴンであって高級車ではないのですが、迷わずグリーン車のマークを貼り...

続きを読む

東海道線全通・横須賀線開業120周年!

今年は、実は東海道本線全通・横須賀線開業120周年という記念の年だったのであります。東京口の東海道線・横須賀線には、記念のヘッドマークを付けた電車が走り始めました。横須賀線開業120周年ヘッドマークを付けた横須賀線E217系。1526S E217系15B[横クラ]2009.4.20 横浜東海道線全通120周年ヘッドマークを付けた東海道線E217系。872M E217系15B[横コツ]2009.4.20 横浜そのクローズアップまた、今年は横浜開港150周年という...

続きを読む

「6000」な電車~6000ヒット御礼!

「御礼」とは、5000とか10000とか、相当に切りのいい数字で行うべきでしょう。「6000」とはやや半端な数字で「御礼」とは、完全に悪ふざけが過ぎると思いますが、6000に至るまでのご愛顧に感謝して、今回は形式6000、または6000にちなんだ車両をご覧に入れます。関東に偏りますが、どうかよろしくお付き合い下さい!「6000」と言えば、まずこの車両を思い浮かべる方が大多数でしょう。そう、東京メトロ6000系です。当時は相当斬新...

続きを読む

20系津軽海峡を越える(7)~鉄道の「もしも」?

志村は、「はくつる」が上野を昼発って、深夜に青函を通過することを考え、勇んで列車課長のもとへ向かった。このメリットは2つあった。1つは青函の乗り換えが不要になることであったが、もう1つは当時上野-青森間に昼行客車急行「みちのく」が走っていた。この列車も相当混雑していた。即ち「みちのく」の混雑緩和ということ。これに加えて、釧路や網走などへ運転すれば、乗り換えなしのメリットは道内のかなり奥深くまで行き渡...

続きを読む

御殿場線の「銀色」な電車達~旧型国電から30年…

前回は、スカ色に塗られたモハ72系が活躍していた1978(昭和53)年の御殿場線のことを書きました。それから30年後。72系の後活躍した115系。1994.11.27 御殿場72系の後は115系が活躍したが、それも2007年3月で113・115系がJR東海から引退し、御殿場線、そしてJR東海の直流区間は全て211・311・313系のステンレス車両の天下となりました。ついこの間まで国鉄型が活躍していたJR東海の熱海・沼津界隈も、ステンレス車両が幅を...

続きを読む

富士の裾野の旧型国電~御殿場線1978

1978(昭和53)年9月3日、何を思ったか御殿場線へ乗りに行きました。新学期が始まったばかりで、そんな余裕をかましている場合ではなかった筈ですが、本当に我ながら理解不能なことです。当時の御殿場線は、かつて首都圏の通勤輸送に活躍したモハ72系がスカ色に塗られて活躍していました。635M クモハ73[静ヌマ=沼津機関区・当時]国府津636M72系4B[静ヌマ]御殿場635M クモハ73[静ヌマ]御殿場それにしても、純然たる通勤型だった...

続きを読む

185系~斬新なのは塗装だけだった…

185系。国鉄型車両がもてはやされている昨今なのだが、私の気のせいかも知れないが、この車両ほどもてはやされない国鉄型車両はないのではと思う。9061M 特急「はまかいじ」 185系7B[東チタ]2008.10.13 横浜やはり、この車両が登場した時誰もが「唖然」としたのが、30年近く経った今も尾を引いているのではないでしょうか。特急電車なのにリクライニングしない、117系新快速と同じ座席。やたらと幅の広いデッキ。私は「185」とい...

続きを読む

20系津軽海峡を越える(6)~鉄道の「もしも」?

誰もが頓挫したと思った「20系津軽海峡を越える」プロジェクトの行方に、一人の若き列車課員 志村 道夫がクローズアップされるのに、そう時間はかからなかった。志村も、最初のうちはこのプロジェクトに情熱を持っていた訳ではなかった。単に、国鉄という大組織の一員としてこの仕事に関わっている…そんなスタンスであった。志村が属した「運転局列車課」とは、ダイヤを作るセクション…即ち志村は、いわゆる「スジ屋」であった。...

続きを読む

乗り鉄と酒飲みの似た者同士な関係

酒飲みは、理由をつけては酒を飲む。乗り鉄も、理由をつけては鉄に乗る。別に乗り鉄が酒飲みばかりと言う訳ではありませんし、また酒飲みでなければ乗り鉄になれないということでもありません。ただ、どちらもよく似ている所があるということを言いたいだけです。味わい深い列車。列車が進むと共に酒も進む。東北本線 533レ1995.8.15 八戸酒飲みは、「今日は特別な日だから」とか、「今日はよく働いたからビールが旨い」等々、何...

続きを読む

私を鉄道ファンに引きずり込んだ車両(2)山スカ115系・常磐線赤電

原形デカ目の113・115系によって私は鉄道ファンに引きずり込まれた。余り乗る機会は無かったが、「山スカ」115系の原形デカ目…これも非常に懐かしい。あと、401・403系ですが、常磐線が「赤電」と呼ばれていた時代には遂に乗ることは出来ませんでした。でも、今見ると懐かしい。近郊型ではありませんが、交通博物館クハ167-1のカットモデル。これは「原形デカ目」を間近で見られただけではなく、手で触れることが出来た。今は鉄道...

続きを読む

電車の遅れ~あなたならどうする?

電車に乗ろうと駅までやってきたら、または家を出る前にニュースを見たら、「人身事故」「車両点検」により遅れが発生…予定がある場合には困ったものですが、こういう場合私はどうするか。困るのは、駅員や車掌からは要領を得ない答えしか返ってこない、回復の見込みが示されないということに尽きると思います。私は、誤解を承知の上でいいますと、駅の案内は参考にはしますが、運転再開・回復の見込みが示されない限り、長年の経...

続きを読む

最後の「国電」203系

中央快速線の201系は、あと2編成を残すのみになりました。205系は、横浜線・埼京線・南武線・武蔵野線・京葉線・相模線とJR西日本にも走っていますが、JRが発足してから製造された車両もあります。JR発足後に製造された車両のない、純然たる国鉄時代の形式。即ち「国電」最後の砦が常磐緩行線の203系であります。但し、この路線は東京メトロ千代田線の一部として捉えられている…不動産の広告が「千代田線 金町駅」であった...

続きを読む

大船の大カーブ1992~EF65P・東海を追って…

私は撮影の腕に自信を持っていませんので、有名撮影地で撮ることはまずありません。もっぱら駅撮りです。そんな私でも駅で撮れる有名撮影地。それが「大船の大カーブ」ではないでしょうか。ついこの間撮ったと思ったら、もう17年前…そう思って、引っぱり出してみました。久しぶりに出かけてみようかな。画像1   高速貨物B 1076レEF66 117[広]+コキ・ワキ車画像2   専用貨物 5875レEF65 536[高機]+タキ・コキ車たとえ貨...

続きを読む

ああ、24系「夢空間」

昨年唐突に引退した感のある、24系「夢空間」。私は、この車両は「不完全燃焼」のまま引退したように思えてなりません。使用されたのは主に「夢空間北斗星」として上野―札幌間でしたが、それ以外は「夢空間北東北」、あとはせいぜいJR西日本エリアまで「夢空間わくら」として運転されたのが殆ど。愛称は忘れましたが、上野から上越・北陸線経由で神戸まで運転されたことが一度ありました。要は東日本・北海道エリアに偏っていた...

続きを読む

20系津軽海峡を越える(5)~鉄道の「もしも」?

「20系津軽海峡を越える」プロジェクトは、まずダイヤのデッサンの段階で頓挫したと誰もが思った。運転局列車課が最初にデッサンしたダイヤは、「はくつる」上野18:30→青森6:10着のダイヤをそのまま青函~道内へ延長するものであったが、1964(昭和39)年10月1日のダイヤ改正で、「はくつる」~青函~「おおとり」の接続体系が確立していた。従って、現行「はくつる」のダイヤをそのまま道内へ延長すると、青森・函館の出し入れの...

続きを読む

5000ヒット御礼「5000な電車」

ようやく5000ヒット。もっとも、既に万、十万単位のヒット数を挙げているブログも多いですから、まだヒヨコのようなもの。しかし、切りのいい数字であります。そこで、私の乏しい画像から形式「5000」、または「5000」にちなんだ電車を集めてみました。画像1は、東急5000系。E231系ベースのこの車両が稀代の名車「5000系」を襲名することには、東急ファンからも反発がありました。2008.5.7 長津田画像2は、小田急5000形。この車...

続きを読む

ああ、「京急よ、お前もか」!?

「赤い電車」と言えば京急、「京急」と言えば赤い電車。そんな京急にも2007年登場の新1000形から、遂にステンレスカーが導入されました。京急と言えば、良い意味で「頑な、意固地」というイメージがあります。保守に有利、構造も簡単という理由で長い間片開き扉を守り続けました。あと、略した方向幕。「神奈川新町」を「新町」、「京急川崎(久里浜)」を「川崎(久里浜)」、「金沢文庫」を「文庫」など。サービスが悪い訳ではな...

続きを読む

新幹線100系は最高だった!

新幹線。一番カッコいい車両は?大体の方が500系と答えるでしょう。N700系は?私はまだ乗ったことがありませんが、たぶんきっといい車両なのでしょう。でも、総合的にみて新幹線史上「最高」だった車両…私は、東海道・山陽新幹線100系を推したいと思います。国鉄最晩年の1985(昭和60)年に登場し、国鉄の車両として走ったのはわずか2年にも満たない期間でしたが、新生JRへの期待を充分に抱かせ、そしてその期待に充分応えた。...

続きを読む

20系津軽海峡を越える(4)~鉄道の「もしも」?

まずは、貨物局が咬みついてきた。しかし、そんなことは当時のダイヤ改正ではよくあったことである。秘密裏に常務会を開いてまでの決定事項であるから、それだけで頓挫する訳にはいかなかった。ダイヤを検討する上で誰もが考えたのは、当時の「はくつる」のダイヤをそのまま青函を介して道内まで引っ張ることであった。しかし、この中で議論になったのは「青函では乗客を降ろして船内に誘導した方がよいのでは?」ということであっ...

続きを読む

私が所有する「国鉄物件」

「国鉄物件」とは、私が勝手に作った言葉ですが、国鉄末期に国鉄の備品などをよく売っていました。つられてよく買っていました。私が買ったのは殆ど「サボ」ですが、中には機関士が使用していた運転時刻表もあります。画像1・2のサボは、1985年9月に初めて北海道へ行った時に買いました。旭川で見つけ、10,000円を崩す目的で買いましたが、カバンからはみだしてしまい大変でした。表が「帯広」、裏が「札幌」で、急行「狩勝」で...

続きを読む

特急「鳥海」25年前の甘美な思い出…

1984(昭和59)年4月2日…1浪の末大学合格が決まり、浮かれ切っていた僕はその報告を兼ねて山形の両親の実家に遊びに行き、約1週間滞在して同日発の「鳥海」に酒田から乗った。通路側に指定された僕の席の隣の窓側には、少女が一人座っていた。僕は黙って座っていたが、暫くして彼女が「どちらまでですか?」と問いかけてきた。一瞬僕は戸惑ったが、「上野まで…」と答えた。鶴岡辺りまでぎこちない会話が続き、それから暫く二人と...

続きを読む

鉄道博物館~電気機関車にこだわる。

1年近く前ですが、鉄道博物館に行きました。既に色々な方が取り上げていると思いますが、私は電気機関車にこだわって見ました。画像1   ED17 1私は現役時代を見たことはありませんが、晩年身延線で活躍していたことは知っています。画像2  ED75 775ED75 700番台は、奥羽本線・羽越本線で活躍し、後年東北本線にも進出しました。東北の交流区間を代表する電気機関車でした。画像3  EF66 11初期型のヒサシがないタ...

続きを読む

プロフィール

Herorail

Author:Herorail
拙ブログにお越しいただきありがとうございます。 yahoo!ブログから移転しました。
星の数ほどあるブログの中で出会えましたことを感謝します。 見知らぬ町へ鉄の道で行きましょう。いやなことがあれば鉄の道で行きましょう。 宜しくお願い致します。
アメブロも運営していますが、懐古趣味に限定しています。宜しければ合わせてご覧ください。https://ameblo.jp/ef58137/

月別アーカイブ

カテゴリ

アクセスカウンター