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記事一覧

急行「きたぐに」青森行~一度乗り通したかった…

昭和50年代の鉄道少年が、一度は乗ってみたかった「最長距離列車」が4つありました。1つは、言わずと知れた東京-西鹿児島間を走った「富士」。2つ目は、在来線の電車特急の最長距離だった大阪-青森間を走った「白鳥」。3つ目は、当時の最長距離鈍行だった門司発福知山行824レ。4つ目。私はこれに1度は乗り通したいと思いながら、結局見るだけに終わりました。当時の最長距離急行、大阪-青森間(米原経由)を走った急行「...

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30年前の春休み~羽越本線 酒田界隈(2)

山形では、ろくに勉強もせず第2最上川橋梁に通いつめていました。たまに酒田市内まで出かけることがあっても、必ずカメラを持って行きました。画像1   羽越本線 砂越駅ここも合併で、今は酒田市になりました。画像2   陸羽西線 127D  キハ22[秋カタ]キハ22と言えば北海道向けの車両の筈ですが、陸羽西線ではよく見かけました。国鉄~JRでは陸羽西線がキハ22の「南限」ではないでしょうか。砂越画像3   酒田機関...

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30年前の春休み~羽越本線 酒田界隈

ちょうど30年前の今頃。私は翌年に受験を控えていたにも関わらず、全く危機感も持たず山形の両親の実家を目指した。そもそも、いつもは急行「鳥海」の自由席を3時間近く並んで確保していたのに、この時はどういう訳か私の親父でさえ、「おばあちゃんには内緒だぞ」と「鳥海」のグリーン券を買ってくれた。親子揃って危機感がなかったのか…山形には約10日滞在して、その間羽黒山にも行きましたが、そうでなければろくに勉強もせず...

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私には大きな幸せ!

新しく出来たと聞いた模型店に行ってみました。どうせ普通の模型屋だろうとたかをくくっていました。見事に裏切られました。嬉しい方に。模型はともかく、書籍が凄い。引っ越しで無くした、1976~1977年の「鉄道ファン」を3冊探していました。どこの古本屋に行っても見つけられなかったのに、そこには全部あった!3冊で4,500円と当時の定価より高かったが、そういう問題ではない。今日は朝からいいことがあって嬉しい!その店は「...

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20系津軽海峡を越える(3)~鉄道の「もしも」?

「20系津軽海峡を越える」プロジェクトは、先の連絡船の海難事故の傷がまだ癒え切っていないことから、極秘のうちに進められた。国鉄内部でもこれを知る者は、総裁以下常務理事は勿論であったが、運転局・旅客局のごく一部の実務担当者に限られていた。しかし、当時は航空機がようやく台頭した頃で、高速道路は未発達。旅客・荷物・貨物のあらゆる輸送を国鉄が一手に担っていた時代、需要に設備は追いつかず、一本の列車を設定する...

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どうだ!赤い小田急

この画像は、JR九州の車両や京急の電車ではありません。小田急1000形です。小田急の電車といえば青い帯を巻いているのが、一体これは何?箱根登山鉄道の小田原-箱根湯本間は現在小田急の車両で運転されているのですが、3月14日のダイヤ改正から、新松田-箱根湯本間の普通列車に使用される1000形に、箱根登山鉄道の塗装を施した編成が登場しました。ステンレスだから、カッティングシートとかで簡単にやってしまうのでしょうが...

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私を鉄道ファンに引きずり込んだ車両~原形デカ目クハ111

私は、生まれてからの7年間大阪に住んでいました。私は、テレビに電車が映っていたらそれだけで喜んでいた幼児だったようです。そんな私が鉄道に決定的に引きずり込まれるきっかけとなったのは、東海道・山陽本線快速電車の113系でした。私は京阪沿線で生まれ、最後の1年は阪急のエリアに住んでいましたが、やはり私の目を奪ったのは国鉄の車両でした。当時大阪を走っていた国鉄の車両の中では、特急型車両を除いては113系が最も色...

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寝台特急「なは」の旅路~遙かなり西鹿児島

「富士」「はやぶさ」ブームが終わり、九州ブルトレの昔話もこれからは折に触れて…と思っていましたが、関西ブルトレにも一度は言及しておかなければと思いました。昨年の今頃は、「なは」「あかつき」「銀河」の廃止を多くの方が記録したと思います。関西ブルトレは、「なは」の一度だけ。「あかつき」「彗星」にはついに乗ることは出来ませんでした。2003年のGW、九州新幹線の新八代-鹿児島中央間の開業を翌年に控え、鹿児島本...

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横浜駅~刑事ドラマの舞台となった場所を行く。

横浜駅を降りて、商業ビルが密集した中を進み、更に夜は盛んに誘惑して来そうな盛り場地帯を抜けて東京方へ歩くと、青く塗られた跨線橋があります。何の変哲も無い跨線橋ですが、ここでは数多くの刑事ドラマのロケが行われました。この橋で、一体どれくらいの「乱闘」が勃発したでしょう。松田優作も、ここで「乱闘」したはずです。「俺たちの勲章」「Gメン'75」「大追跡」…刑事ドラマ以外にも、この橋でロケを行ったドラマ...

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「北星」は「あけぼの」だった…上野駅のあり得ない写真

前の記事で、「北星」の画像をご覧に入れました。検証すると大変おかしな画像なので、一体これは何なのか?もう一つご覧に入れます。「つばめ」のヘッドマークがついたブルトレの画像。だが、機関車はEF80だから常磐線の列車のはず。従ってこれは上野駅の写真。上野で「つばめ」とは、いよいよ一体これは何?まず前記事の「北星」ですが、これは実は「あけぼの」です。同様に、「つばめ」はこれは「ゆうづる」です。タネを明かすと...

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20系津軽海峡を越える(2)~鉄道の「もしも」?

20系津軽海峡を越える~プロローグ1964年も師走を迎え、年末輸送を控えて喧騒の度合いが高まりつつあったある日、東京丸の内の国鉄本社に旅客局、運転局の主だった関係者が集められていた。 それは、一本の列車の設定をめぐってであった。同年10月に上野―青森間に運転を開始した20系寝台特急「はくつる」は、それまでは上野―青森間の優等列車は青函乗換えを未明に2回強いられる運転時間帯であったものが、朝の有効時間帯に乗換え...

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20系津軽海峡を越える~鉄道の「もしも」?(1)

物事には「もし…たら」とか、「もし…れば」ということが様々ありますね。そんなことが結構多いのは、実は鉄道ではないでしょうか。例えば、「サンライズ瀬戸・出雲」285系交直流バージョンが存在していたら、九州ブルトレの運命は違っていたのではないか…拙ブログにて大変お世話になっている大先輩と、「20系客車が津軽海峡を越えていたら…」ということを、長年語り合っていました。ブルトレの歴史を作った20系客車は、遂に津軽海...

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上野のD51231 復活なるか?

上野の国立科学博物館の「大恐竜展」に行きました。ここには、正面にドーンとD51231が鎮座しています。区名札に「追」(追分機関区)とありますから、最後は室蘭本線で活躍していたのでしょうか。素人目には、状態はかなり良さそうに見えます。もっとも、中の様子は分かりませんが。JR東日本は特別チームを編成して、新たな動態保存用の蒸気機関車の選定に入るとのことですが、この機関車は本線上に復活することはあるでしょうか...

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「富士」「はやぶさ」最後の日~それから1週間…

「富士」「はやぶさ」廃止から1週間経ちました。東海道線は、新しいダイヤで何事も無かったかのように電車が走っていますが、九州ブルトレにゆかりのあった場所には、さびしい雰囲気が漂っています。九州ブルトレが折り返し整備をしていた田町車両センター(私には東京機関区・品川客車区の方がすんなり来ます)の、今日の光景です。やがては、全て鉄道史の中に埋もれていくのでありましょうか。画像1・2   あれだけ機関車・...

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寝台特急「北星」謎の写真

「北斗星」ではありません。「北星」です。中年の昔話ですので、最近鉄道ファン、または鉄子さん、または鉄道少年になった方はご存知ないのは無理もありません。「北星」は、1975(昭和50)年3月10日のダイヤ改正から、1982(昭和57)年11月15日の上越新幹線(東北は同年6月に先行開業していた)開業に伴うダイヤ改正まで、上野-盛岡間を走っていました。この画像は1978(昭和53)年4月の撮影で、「北星」かと思って見てしまいま...

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元気です!115系新潟色

九州ブルトレが全滅し、国鉄型車両があとどれだけ残っているのか心配です。首都圏では北関東まで行かないと見られない115系も、新潟ではまだまだ元気です。半年近く前の画像になりますが、六日町へ行った時115系を見てホッとしました。新潟には一時E127系が投入され、115系は置き換えられてしまうのかと思いましたが、その後E127系が勢力を拡大しそうな雰囲気はありませんね。これを覚えている方は確実に40代以上の方になるかと思...

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ああ、「ムーンライトながら」…

「ムーンライトながら」も、今回のダイヤ改正で不定期化されるのに、「富士」「はやぶさ」の陰に完全に隠れてしまいました。思えば、「ムーンライトながら」の前々身であった東京-大阪間の夜行普通列車、143・144列車が「43.10」で一旦廃止が発表された時は廃止を惜しむ世論が時の国鉄総裁を動かし、東京-美濃赤坂間に区間が短縮されたものの143M・144Mとして一転存続した史実があります。しかし、今回の不定期化発表にはJRを...

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ブルトレが休息していた場所…品川・尾久

「富士+はやぶさ」の廃止と共に、昔話は終わりにしようとも思ったのですが、やはりまだ余韻は残っています。ブルトレの本数が多かった頃は、東京側の基地である品川客車区(のち品川運転所)、尾久客車区では長旅を終えた客車が日中多数休息しているのを見ることが出来ました。遂に、品川で休息する客車は無くなりました。品川に客車の配置が無くなって15年経ち、かつての検修設備も解体され始めました。尾久は、まだ「カシオペア...

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「富士」「はやぶさ」永遠の終着駅へ…

やはり、この日はやってきました。それぞれの方が、それぞれの思いで見送られたと思います。今日は写真を撮らずに、ひたすら自分の目に焼き付けようかと思いましたが、やはり撮ってしまいました。ご覧のような写真にしかなりませんでしたが、今日の状況にてどうかお許し下さい。東京発のブルトレに夢を持ち続け、中学生の頃はファインダーから覗くだけでしたが、20年かけて全愛称に乗ることが出来ました。大多数の方には時代遅れの...

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「さくら」は散らない~ブルトレから九州新幹線へ

私は1984年に「はやぶさ」に乗って以来、20年かけて東京発の九州ブルトレの全愛称に乗車しました。東京着のラストが「さくら」だったからという訳ではありませんが、最終日を明日に控え私の昔話も「さくら」で終わりたいと思います。「さくら」は、私のように昭和50年代の鉄道少年は必ず撮っていたのではないでしょうか。東京発が九州ブルトレトップの16:30分発、東京駅には相当前から入線していたから、冬でも陽が高い時間に撮れ...

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「富士」「はやぶさ」(3/11)

今朝も見に行ってしまった。横浜駅到着のEF66を、せめてフイルムカメラで押さえておこうと思いました。予め考えていたポイントに行ってみたら、立入禁止になっていた。この数日の間に、目に余る行為があったのでしょう。横浜駅6番線に移動しました。本来6番線に発着する電車が、危機回避のためか5番線発着に変更されているので、被られる心配はない。その後コンパクトデジカメで、私の目を楽しませてくれたディテールを記録しまし...

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「出雲」「瀬戸」「銀河」…30年前の鉄道少年のスター達

今まで東京発の九州ブルトレの画像と思い出を綴ってまいりましたが、この機会ですから九州ブルトレ以外の画像もご覧に入れましょう。と言っても相変わらず拙い写真ばかりですが…それにしても1979年当時、翌年に私は受験を控えていたにも関わらず、朝からこんなことをしていました。危機感は全くなかった、ということに今になってあきれています…画像1  2002レ 「出雲」 EF65 509[東]+25形12B[南シナ] 1978.8.27 東京画像2...

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ほろ酔い加減の儚い夢…

夜行列車に乗れない夜、一人でほろ酔い加減に思う。願わくは、カシオペアかトワイライトを一度でいいから東京-鹿児島中央間に走らせられないか。鹿児島本線は分断されてしまいましたから、日豊本線経由が無難かな…でも、JR東海は機関車乗務員の養成をやめてしまったし、今は各社の地域優先のダイヤになってしまっているから、実現させるとなるとかつての「富士」の24時間よりも更に長い所要時間になってしまうでしょう。酔って...

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「あさかぜ」のトホホな出来事

私が乗った東京発の九州ブルトレでは、「あさかぜ」だけ2回乗ったことを書きました。もう1回は、東京-下関間の「あさかぜ」。したがって、運転区間から厳密には九州ブルトレではないのですが、「あさかぜ」ということで…下関「あさかぜ」に乗ったのは、1998年11月1日。この時、私は鉄道ファンをやめようかと思いたくなるほどの大失態をしでかしました。広島へ出張に行き、仕事が終わって時間が余った。呉線を乗りつぶし、三原へ出...

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「あさかぜ」1978

「あさかぜ」は2回しか乗ったことがありませんが、九州ブルトレの「本流」ということで、当時東海道本線沿線に住んでいた私は、それなりに思い入れを持って見つめてきました。「あさかぜ」については、これを除いてあと1回取り上げさせていただきますが、その間に私が撮った数少ない「あさかぜ」EF65時代の画像をご覧に入れます。稚拙な画像ですが、3/14日以降はご覧に入れることはないでしょう。私が過ごした時代の記録ということ...

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あさかぜ「独房」の一夜

私は東京発の九州ブルトレは20年かけて全愛称に乗りましたが、殆ど1回だけの乗車でした。しかし、「あさかぜ」だけは2回乗りました。1992年のGW、「あさかぜ」1号のオロネ25…シングルDXに乗って下関まで行きました。ブルトレの「本流」である「あさかぜ」1号には一度は乗りたかった。その半年前には「北斗星」ロイヤルに乗った。半年以内に2回もA個室に乗ったとは…あの頃はバブル後期、私は浮かれ切っていたのでしょう。シングルDX...

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「富士」「はやぶさ」3/6

1週間後に予想される異常な人出では、まだない。しかし、思い通りに撮ることはもう不可能です。ヘッドマークは充分に撮りました。だから、自分が大好きだった夜行列車の情景を記録しようと思いました。無線機で発車の合図を送る車掌さん。その合図を受けて、列車を発車させる運転士さん。客車列車は、多くの人が関わって動かしていたのだということを実感させられます。前にも書きましたが、列車がゆっくり動き出した後、身を乗り...

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大垣夜行(ムーンライトながら)のこと

のっけからどんよりした画像で申し訳ありません。私が過ごした時代の記録ということでご勘弁下さい。さて、廃止される「富士」「はやぶさ」を暫く取り上げていますが、「ムーンライトながら」も今回のダイヤ改正で不定期列車に格下げされる。私は前身の「大垣夜行」は、どちらかというと邪道な利用ばかりしていました。のちの「ムーンライトながら」も1回しか乗ったことがないので、余り語る資格はありませんが、名物列車でしたか...

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「富士+はやぶさ」3/2

昨日も「富士+はやぶさ」を横浜駅へ見に行ったのですが、昨日は70分遅れとのことで、10時に予定があった私は諦めざるを得ず、今朝改めて行きました。今日は最初からスハネフ狙いと決めていたので、前の方にどれくらいの人がいたかはわかりません。スハネフを撮る人もたくさんいた…と言いたいところでしたが、これが見事に誰もいない!EF66はあんなに高競争率なのに。同じ列車とはとても思えませんでした。東京行の「富士」の幕は...

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Author:Herorail
拙ブログにお越しいただきありがとうございます。 yahoo!ブログから移転しました。
星の数ほどあるブログの中で出会えましたことを感謝します。 見知らぬ町へ鉄の道で行きましょう。いやなことがあれば鉄の道で行きましょう。 宜しくお願い致します。
アメブロも運営していますが、懐古趣味に限定しています。宜しければ合わせてご覧ください。https://ameblo.jp/ef58137/

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